本当の苦しみと本当ではない苦しみ

今のZ世代の流行語にもなっている
親ガチャ。

僕たちが小さい頃に夢中になった
ガチャガチャの機械を例にして
生まれた言葉です。

子供たちがこういう風に言う事が
当たり前になった世の中になってしまいました。

この親ガチャはZ世代を中心に、
子は親を選べないと言う訳ですが、

生命として誕生しようと出逢いとタイミングを
勝ち残ったのは生まれた僕たち自身です。

子は親を選べないと言う時代でも
どんな時代でも生命体として最後の最後まで
生き残ったのは自分自身です。

そして、今のZ世代の子が良く使う
子は親を選べないという定義は、
逆の立場から言えば・・・

親も子を選べません。

この親だから、この環境だからと思う気持ちは
人間だからこそ、言いたくなる気持ちも分かります。

でも、この親から生まれ自分の人生。
つまり、世の中において喜怒哀楽を学び
人生を歩く事を決めたのは僕たちです。

妊娠が成立する事が奇跡に近いと言われるのは
それだけ過酷な道のりだからです。

誰もが平等にと言っても、生まれた瞬間から
スタートラインが全員違いますから、
その時点で平等ではありません。

だからこそ、僕たち一人ひとりは
自分の人生しか歩めないのです。

自分の人生における主人公は自分です。

誰一人として同じ道を歩く事は出来ません。
なので、比較する必要がありません。

比較される世の中ですし、学校でも比較されます。
それでも比較対象にはならないのです。

生まれた場所、学んだ場所、出逢った人の数
趣味や思考なども全てが同じ状態の中で
比較されるなら分かります。

この場合なら自分がどこに投資をしたか?
浪費になったか?単純に全ての事を適当にあしらって
消費になってしまっていないか?

これだったら比較されても仕方がありません。

今、この世の中で比較される倫理観に対して、
あなたが押しつぶされなくていいのです。

繰り返しますが自分と同じ道を歩いてきた人は、
誰一人としていないのだから・・・

そうは言っても環境が変わらずに
ずっと我慢をし続けている人がいるのも事実です。

色んな境遇を抱えながら人には言いづらい
過去をお持ちかもしれません。

ただ、それでも今現時点で生きているという事は
自分の人生に自分が期待をしているから、
そして信じているから生きているんです。

ずっと嫌な事が続いたりすると、
この世から消えたいと思う事もありますよね。

明日も、また同じ日々がはじまるなと思うと
憂鬱になる時もあると思います。

だからこそ、明日なんて来なくていいと
自分都合だとは分かっていても、

そう思ってしまう事もあると思います。

でも、同じ明日になるかどうかは
自分の行動で変えていけます。

自分一人だけで変えれない事もありますが、
変えられる事もたくさんあります。

例えば学校や職場でいじめに遭っているなら
逃げていいんです。それも1つの手段です。
新しい場所に変わってやり直せばいいんです。

逃げるな!立ち向かえ!と言われても
自分の身を守る為の手段として逃げてもいいです。

ただ、逃げる行為そのものを自〇という道は
選ばないで欲しいと思います。

そのぐらい追い込まれていたとしても、
そこまで考えてしまうのならば、
現実を変えられる強さがあるという事です。

仏の道の中で良く言われているのは
自〇の道を選ぶと成仏が出来ないとも
言われています。

自〇をすれば楽になると考えてしまうかもしれませんが
残された人たちは楽になりません。

大切な人の悲しむ顔は誰もが見たくないはずです。
だからこそ、変えられる手段がある事を
どうか忘れないで欲しいと思います。

親ガチャで選ぶ事が出来なかったと決めつけずに、
こういう時代でも明日を選ぶ事は出来ます。

戦時中の時代だったらどれだけ生きたくても
明日を選ぶ事が出来なかった人たちも沢山います。

その時代を生きていないから
価値観が分からないと思われるかもしれません。

でも、その時の時代を生きてくれた一人ひとりの
命を紡ぐ絆が繋がってきて、僕たちの今があります。

だから親ガチャという現実の中でも
自分の力で変えれる現実もあるということです。

PS

親ガチャの余談として・・・

子供に悪影響を及ぼす親の事を
毒親と表現するそうです。

過保護になり過ぎている親も
毒親と言われるそうです。

大切に育てるという事と
過保護はイコールではありません。

親は子供を信じてあげる事です。