人は自分が可哀そうか、相手が悪いの2つしか話をしていない

松野です!娘も中学生になり、恋愛相談や
友達や先輩とのコミュニケーションなど、

小学校とは違う新しい環境に悩んだりして、
1歩ずつ大人になろうとしています。

どちらかと言うと、同性の奥さんよりも
異性になる父親の僕に相談してくる事が多く、

ご飯を食べている時に、そういう話を良くします。

そこから表情が明るくなって、前を向く覚悟を、
本人が決めた瞬間を見れるのが、親としては嬉しいですね。

今日は、資格取得者として、件名に明記をさせて頂いた

人は可哀そうな自分の話か、相手が悪い(環境も含む)の
どちらかの話しかしていない。ここについて定義します。

これは、子供たちだけの話ではなく、
大人にも多い話です。

サラリーマンや、OLの方々が、
居酒屋に集まって会話をしている内容も、
ほとんどそうです(笑)

今日は自分は得意先から、こういう感じで
めちゃくちゃ叱られたとみたいな

「自分が可哀そうだ」という内容か、
もしくは・・・

だいたい、あの得意先の〇〇さんは、
最初からこういう事をしなかったとか、

自分は、こうしていたのにみたいな
「相手が悪い」という内容ですね。

よくよく考えてみると、そう思いませんか?

ただ、これは人間だからこそ、
仕方がない事でもあります。

特に日本人は、こういう吐き出す場所がないと、
明日を迎える事にストレスを感じやすいと
心理学的にも言われています。

だけど、会話の中にもう1つの話を、
誰かが追加しないといけません。

今、僕が伝えた事は・・・

人は可哀そうな自分の話か、もしくは、
相手の方が悪いという話の2つしか、
基本はしていないとお伝えをしました。

居酒屋でも、社内でも、家族の食卓でも
恋人と2人の時でも、だいたい同じ。

ただ、人である以上。愚痴は零していいのです。
だけど、愚痴の零し方を知らないといけない。

つまり、周りに愚痴を吐いた当の本人が、
最後の言葉や、考え方をどうするか?なんです。

そうすれば、聞いてくれた相手も、
あぁ、良かったなってなりますからね。

著書。覚悟の準備でも、少し触れましたが
愚痴を零した最後が大切。

まぁ、今日はこういう風に愚痴ったけど、
明日はこんな考え方でやってみようと
最後の落とし所が、前を向けば良いのです。

しかし、この落とし所を、愚痴を吐いた人間が、
最後の最後まで「怒り」で治まらない時は、

先程お伝えした「2つの話」しか出来ない相手に対して、
その時、あなたが聞き手の立場ならば、

一旦、最後まで受け止めてあげる事です。

受け止めずに、途中・途中で自論を語ると
そもそもの会話が成立していきません(汗)

一旦、全部を受け止めてから
2つしかないと思い込んでいる中で
もう1つの道の話。

つまり「これからどうするのか?」の提示をして、
愚痴を吐いた本人が、納得してもらう様に

色んな切り口から、相手を導いていく事が、
とっても大切です。

ざっくりですがコーチングみたいな感じですね^^

この切り口を増やす為に、僕たちは普段から
色んな本を読まないといけません。

なぜなら、僕はもちろんのこと、あなたも含め、
人それぞれが歩いた人生経験だけでは、
あまりにも足らない事が多いからです。

足らない事が多い状態で、人は年齢を重ねます。

だから本を読んで、教養力を付ける事が、
何歳になっても必要になっていきます。

常に言い訳が多い人ほど、自分の成長を止めているので・・・

特に子供に対しては、大人(親)としての
説得だけでは納得してくれません。

ちゃんと、一人の人間として、
納得させてあげる事が大切です。

だから、冒頭の娘の話も同じでして、
自分はこうしたけど、

先生や先輩からこう言われて・・・という
自分は可哀そうな話をします。

もしくは、自分は〇〇と思ったからこそ、
こういう風に言ったけど、

それでも、相手が言い返してくるから、
相手が悪いのでは?みたいな話もします。

なので、聞き手の僕は否定をせずに、
まず、全部聞いてあげます。

そうだね~あ~分かるよ!確かにね!
それも一理あるよねって。

それが終わってから、実は別の道もあるよ?
という提示をします。

良く分かるけどね、こういう風に考えてみたらどう?
そんな時は、こういう対応をしてみたらどう?

もし、〇〇と言われたら、逆にさ。
相手に対して、教えてくれてありがとうって
勇気を出して伝えたみたらどう?

もし、その時に嫌な感じがしたら、
いや、ひょっとしたら、自分の方に
原因があったのかもって、

一旦、立ち止まったらどうかな?など・・・

僕が、娘に伝えていく事は、
ほとんどが「もう1つの提案」です。

よほどの筋違いがない限り、
お前が間違っているとは言いません。

なぜなら、本人が考えて、本人が結論を出して、
そこから、自分をコントロール出来ないと、
本当の意味での成長はないからです。

それが、父親として役割だと僕は思っています。

学校の先生たちも、教育者ではあるのですが、
なかなか本質を提示する時間がありません。

でも、自分の子供に何かあれば、
親は学校の方を責めます。

違うんです。

幼少~青年までの時期って、本当の意味で、
心の底から信じれる人は、親しかいません。

中には、親が嫌いという方もいますし、
親のせいで、自分はこうなったと言う方もいますが、
これも違います。

仮に、そういう環境で育ったとしても、
全ては、本人がどう生きるかで変えれるので・・・

僕は著者ですが、裕福でもありませんでしたし、
今の言葉で例えるなら、DV当たり前の父でした。
職だって18回も変わっています(笑)

その話は、ブログの方に書いています^^
↓ ↓ ↓

サラリーマン40年。転職は18回。 失敗を経験に変えてきた父の強さ!

僕の父親は、めちゃくちゃDVな人で、
母のお腹に僕がいるのにも関わらず、
お腹に向かってケリを入れるぐらい・・・

ばあちゃんのお庭の手入れを
2人でしていたらしいのですが、
口喧嘩になって、

ハサミを母ちゃんに投げて
手に刺さってしまったりとか、

僕が小さい頃に悪い事をしたら、
家の近くにある湖まで連れていかれて、

大きな木に、僕を縛り付けて
夜暗くなるまでご飯抜きとか当たり前。

あっ、これ盛ってませんからね(笑)

家の中にあるガラス製の灰皿を
僕にも、母にも、平気で投げる人です。

20年ぐらいはボロいアパートに
3人で住んでいたのですが、

中学の時とか、僕が悪い事をして、
父ちゃんの説教中に外に逃げたら、

二階からビール瓶を、僕に投げつける人です。
まぁ、ヘビーな父ちゃんです。

それを片づけるのは、
いつも母ちゃんでしたけど(笑)

学校でタバコを数人で吸っていたのがバレて、
後日、親全員が学校に呼び出された時も、

うちの父親は、生徒指導室の中で
学校が悪いのではない。

親の指導力不足と、子供の考え方が悪いと言って、
先生と、他の親の前で、僕をボコボコにしてました。

だけど、僕は父ちゃんを恨んでいません。
むしろ感謝しています。

亡くなった母ちゃんが教えてくれたので・・・

そんな環境で育った僕が、何に気づき、
どう生きるかは、全て僕次第なんです。

そんな環境で育ったから、自分はこうなったは、
完全に間違っています。

もしも、そう心から言い切れるのならば、
他の方が、あなたと全く同じ人生を歩いたら、
その通りになるかと言えばなりません。

だから、結局は「自分の生き方」なんです。
つまり、受け取り方、捉え方で変えれるということ。

でも、今はネット社会になってしまったからこそ、
子供達も、若い世代も、根本から考える事をしません。

なぜなら、天下のグーグル様がいるから(笑)

自分達が知りたい事は、グーグルで調べれば
ほとんどの答えが帰ってきますから、
頭に汗をかく事を嫌います。

本を読む子が少ないのもその為です・・・

だから、そこに気づくまでは、
親が導いていかないといけません。

そこから子供がどう動いていくかは、
本人の考え方や行動で変わります。

でも、これが難しいんです。
なぜなら、子供も一人の人間だからです。

だから、親は子供として見てはいけない。
一人の人間として、見ないといけません。

うちは奥さんが、いざという時が厳しい分。
その過程で起こる所は、薬のバファリンよりも
僕の方が優しいのです(笑)

でも、筋道を外した時は奥さん以上に
僕の方がめちゃくちゃ厳しいです。

とことん根本から徹底的に話をして、
子供のズレた考え方に対して追い込みます。

愚痴を零すのはいいのですが、一人の人間として、
自分の名前で生きていく事が出来ないのならば、
人生の先輩のアドバイスを聞けとなります(笑)

だから、僕たちは誰かの為に、
導いてあげる存在にならないといけません。

子供は親から離れている時間は、
学校にいますし、誰に、何に影響を受けて
何を考えているのかが分かりません。

分かるのは自分だからこそ、
本当の意味で自分を救えるのは
自分しかいないということ。

なので、何気ない時間の中で、
出来る限りコミュニケーションを、
少しでも取っていかないと、

どこかで仲違いが起こっていきます。

仲違いが起こらない様に、自分から先に
おはよう!を伝える事からはじめる。

先にありがとうを伝える事からはじめる。

仕事の時も、今日も応援している。感謝している。
こういう当たり前の姿勢を変えていく事が、
めちゃくちゃ大切です。

あなたのお陰で「今」があると感謝出来れば、
人は変わっていけます。

こんな当たり前の事からはじめるのです。

そうすれば、2つの話しか出来なくても

これからどう生きるか?

3つ目の話が提案出来ます。

だからこそ相手も、耳を傾けていきます。

人は、自分が可哀そうでしょ?という話か、
相手が悪いという話が基本ベースです。

まずは、叱る前に話を聞いてあげて、
もう1つの考え方。これからどう生きるのか?
そこに導いていかないといけません。

これは相手の為だけではなく、
自分自身の器を広げる為にもです。

僕は亡くなった母ちゃんから、
この大切さを生き方で教えてもらえました。

母が自分の命をかけて、当時36歳だった
僕に教えてくれた本当の愛。

生から死を見て生きてはいけない。

死から生を見て生きていきなさい。

ぜひ、命の時間に触れてみてください^^
↓ ↓ ↓

「覚悟の準備と命の時間」の公式ページ。著者松野正寿