自分を変える為には?

著者になる15年前ぐらいでしょうか。
20代前半の時は、本当に僕はクズでした・・・

人生の主語を自分にしてなかったんです。

覚悟の準備にも書きましたが、過去の清算を、
自分の中で出来ていなかったのだと思います。

変われない自分。

いや、変わろうと思えてない自分を、
全て生まれてきた環境の悪さのせいだと
本当に甘い考えだったなと思います。

人は出逢いで変わりますし、自分が本気で
変わろうと思って行動をしていけば変わります。

変わるから、変わるからと良く言う人がしますよね?
でも、覚悟がない限り難しいのです。

なぜなら、変わるってですよ?
これまでの自分と決別することだからです。

変わる為には、考え方が変わらないといけません。

僕たち人間って、周りに生かされているの中で、
毎日を生きている訳なのですが、

ふと、何か良い事ないかな~と思う生き物です。

何か最近良い事ないな~とか、運がないな~とか、
こういう風に考えてしまいがちですよね。

でも、実はそうじゃない。

楽しいことを、望むのではなくて、
起こることを楽しんで生きる。

この考え方がとても大切です。

何か嫌な事が起きない様にではなく、
何か起きて当たり前という準備の中で、

与えられる毎日に対して、どう思って、
どう生きていくかで人生は変わります。

覚悟の準備の方でも書きましたが、
昔の僕は、ヤンキーと言われる部類でした。

親が悪い。環境が悪い。この家庭が悪い。
そういう風に思って生きてきました。

本当に、当時の自分がバカ過ぎて
本当にあきれてしまうのですが・・・

社会人になっても、残念ながら
根本がズレているので、

車からタバコのポイ捨て当たり前。

車からコンビニで買ったご飯類を
外に捨てるの当たり前。

道にツバを吐くのも当たり前。

信号無視も当たり前。

何でもかんでも、人のせい。環境のせい。
親のせい。会社のせい。上司のせい。
友達のせい。誰かのせい。

僕は、色眼鏡をかけて世の中を見てました。
そこに気づけてなかったのです。

ただ、僕の人生に大きな転機が訪れます。

それが、20代の時に1年の間で、
交通事故に、6回(正確には7回)
という出来事でした。

普通に考えたら、あり得ませんよね?
1年で6回ですから・・・

その時に、はじめて頭の中に出てきたのは、
先祖さんが、こういう出来事を与えないと、

この子は、本当の意味で気づけないからと、
因果応報の出来事を与えてくれたのだと思います。

今、お前は根本から変わらないと、
これからの人生が大変になるぞ?って
何か教えてくれているのではないか?と・・・

はじめて心の底から気づけた感じがしたのです。

そこから、僕は本気で変わる決意をしました。
しかし、変わり方そのものが分かりません。

なぜなら、大人が変わる方法を知らないからです。

学校が教えていないので、社会人になっても
良き出逢いがないと、いつまでも気づけません。

だからこそ、僕は本を読み始めました。

本なんか読んで人生が変わる訳ないと、
あれほど言っていたのですが(笑)

本と出逢って、1番衝撃だったのは、
大人や社会が教えてくれない考え方が
本の中には沢山あった事です。

そして、自分がどれだけ小さい人間だったのか、
自分の人生経験だけでは、限界がある事を知りました。

本を読んだ所で、人生が変わる訳がないという方は、
そもそも本に書かれてある事を、

私生活の中で、素直に実践をしていない事が大半。

もう少し噛み砕くと、本音は変わりたくても、
もう片方の本音になる、変わりたくないの方が、
結果的に勝ってしまう事の方が多いです。

しかし、早い段階から本を通じて、
自分が学んだ事を実践すれば、

必ず目の前の現実を変えていけます。
そして、出逢いも大きく変わっていきます。

なぜなら、自分が変わっていく(成長すること)で、
相手も変わっていくからです。これは間違いありません。

現実を変えたいなら、自分から変わる部分を見つけて、
それを1つ1つ実践していくこと。

人間の悩みで1番多いのは、
お金以上に「人間関係」です。

でも、ちょっとした思いやり、気遣い、おもてなしで、
大きく改善される事もたくさんあります。

つまり、人生の主語を自分に変えて、
自分に原因があったのかもしれないと、
常に考えてみること。

そうすれば、必ず自分の成長に繋がります。

例えば、よくある話の1つに、
浮気・不倫問題があります。

当然ながら、された側の方は傷つきますよね?

でも、僕はそう受け取らない方です。
*もちろん、驚きはしますが腹は立たないです。

なぜなら、そうさせてしまった自分に問題があると、
こっちを先に考えていくからです。

なので、仮にうちの奥さんが不倫をしたとしても、
さきほどお伝えした通り、腹も立てませんし、

僕自身に原因があったのだろうと、
そっちを先に考えていきます。

何でもね、人からガ―っと言われると、
誰でも腹が立ちますよね?

でも、なぜガ―っと言われたり、
常に指摘されるのか?という部分を、
自分自身が見つめていかない限り、

本当の意味では、人としての成長はありません。

若い世代の方も、このメルマガを
読んでくださっているみたいで、
ありがとうございます^^

亡くなった僕の母が命をかけて
最後の最後に教えてくれたこと。

生から死を見てはいけない。

死から生を見て生きなさい

という考え方。

20代~30代の時って、
定年の60歳になるまで、
自分の人生は、

まだまだ長いってなりますよね?

でもね、もしも僕みたいに若い内から
親2人が同時にガンになってしまい、

子供のあなたに、親が病院を選ばず、
在宅介護をお願いされたらどうしますか?

どう受け止めて、どう生きようと思いますか?

逆に、自分が今の若い年齢で
突然、ガンになってしまったら?
もしくは、余命を宣告されたら?

明日、大切な人との永遠の別れがきたら?

年齢を重ねていく度に、僕たち人間は、
死と向き合う事が多くなっていきます。

常に、そういう現実と隣合わせなんです。

スマホのゲームをやっていた累計時間。

ツイッターの流し読みの時間。

インスタで友達のタイムラインや
ストーリーズを見ている時間。

その全ての時間を、自分の生きる人生に、
そして、大切な人の為に使いたくないですか?

これまでがダメでもいい。過去は過去です。

だけど、これからがダメなのが1番良くない。

僕は、今も親の介護をしている身です。
だからこそ、若い子たちには特に伝えたい。

あなたの大切な命の時間をね、
もっと、自分と大切な人たちの為に
使ってあげてください。

そして、自分を幸せに出来るのは、
自分の考え方で大きく変えていけます。

楽しいことを、望むのではなくて、
起こることを、楽しんで生きる。

死から見た生の考え方で、人生を歩んだ方が、
1日の有難さは変わりますよ?

良かったら、僕と亡くなった母の
命の時間に触れてみてください。

2025年には、僕の家で起きた様な
現実が増えていきます。