いじめられる側に原因があってもいじめる理由にはならない

相変わらず小学校でも
いじめがあるみたいですね。

中学になるとスマホを持ち始める
子供達も多くなるので、

いじめ自体が悪質になるそうです。

そもそも昔から「いじめ」問題は、
社会人になっても後を絶ちません。

いじめは絶対にやったらいけません。
そんな事は、誰でも知ってますよね?

なら、どうすれば「いじめ」がなくなるのか?
かなり深刻な問題ではあるのですが、

著者の立場から言わせてもらうならば、
最後の最後は、自分が変わるしかありません。

最初の選択肢がその場所から逃げるでもいいので、
大切なのは次から自分がどうしていくかなのです。

つまり、五体満足の中でいじめを受けているなら、
当の本人が周りから「いじめの対象」となる部分を
周りの人よりも何かしら持っているかもしれません。

例えば、直ぐに相手を叩く、暴言を吐く
相手にいたずらをする事が多いという

いじめる理由になってしまう原因を
どこかで生み出してしまっているかもしれません。

もちろん、仮にそうだとしても
いじめる理由にはなりません。

でも社会に出てもいじめが減らないのは、
その理由となる数を探そうとしている
自分都合の人が多いからです。

そういう僕は中2の時が酷かったのですが、
周りを力で抑えつけていました。

だから、その分の反動で。
物凄い「いじめ」を受けました。

中2の最後。春休みに入る前の3週間。
学校に行けなくなってしまいました。

その場所から離れる選択をしたのです。
当時の僕はそこに気づけなかった。

なぜ、自分が対象になったのか?
いじめる奴が100%悪いと思ってました。

ただ、その理由となった現実を
子供の時は分からないからこそ、
親が子供と真摯に向き合う時間を
作ってあげないといけません。

帰れる場所、逃げれる場所があるという
安心感を与えてあげる必要があります。

当時の僕を救ってくれたのは、先生ではなく、
大切な友達が、学校の公衆電話を使って、
僕の家に電話をくれた「言葉」だったんです。

俺は味方やけん。自分の権力で、見栄などで
人を抑えつけるのをやめて、自分と遊ぼうやって!
俺がおるから学校においでよ!と・・・

そこから僕は自分のこれまでの事を考え、
はじめて自分と向き合ってみたのです。

そして、新しい友達に目を向けようと
自分から変わろうと決意しました。

あの時の僕と同じ様に、大人になるほど
自分から先変わろう、自分から先に成長しようと
なかなか思えないからこそ「変わる覚悟」が必要です。

今は社会情勢も変わり、僕たちが先に変わらないと
日本は2025年問題に耐えれなくなります。

周りがいくら「いじめ」はダメだと言っても、
自分がどこかで変わらない限り、周りは止まりません。

いじめに繋がる要因は、色々と目に見えない所から
全てがはじまっていきます。

例えば、相手の自己重要感を大切にしないとか、

自分軸になって、相手の意見を尊重出来なとか、

色んな原因が重なり出して、少しずつ噂が広がり、

噂が別の話になって大きくなったりなんです。

だから、いじめそのものをなくすには、
いじめられている本人が、

色んな意味で変わるしかありません。

ただ、相手に根本の原因があるとしても、
周りが「いじめる理由」にはなりません。

いじめる理由にならないからこそ、
いじめは絶対にあってはいけない。

だからこそ、僕たちは「導ける存在」に、
一人一人がならないといけません。

その為に、多くの方が本を見る習慣を持って、
自分の中になかった「新しい考え方」を手に入れて、

子供はもちろんのこと、大切な誰かを
導ける存在になっていける人が、
一人でも増えたらと願います。