僕たちが生きる意味があるのは・・・

7月6日の朝。いつもお世話になっている
にいさんからLINEが届いていました・・・

なんか嫌な予感がしたのですが・・・
メールを開いてみたら訃報の内容でした。

僕たちに生きる指針を与えてくださった
鳥濱トメさんのお孫さんになる明久にいさんが
亡くなられたとのこと・・・

突然の訃報で頭が真っ白になってしまいました。
知覧で与えてくれた教えはもちろんのこと、

4年前に息子と知覧に足を運んで時に
知覧茶屋で歓迎してくれた事や、

明久にいさんの著書にサインを書いて、
息子に渡してくれた事が、走馬灯の様に
頭の中を駆け巡りました。

知覧の事を知らない方は、ぜひ鳥濱トメさんの
意思を受け継いだ明久にいさんの著書を、
ぜひ読んでみてください。

今から76年前。鹿児島の知覧という町に
誰よりも命と向き合い、逢いに生きた女性がいます。

その意思を継いで、語り部として生きた
明久にいさんが、今の僕たちに伝えたいことが
この本に詰まっています。
↓ ↓ ↓
知覧いのちの物語

コロナの影響もあるので、知覧には行かずに、
これまでの感謝を込めて、

供花だけ贈らせて頂こうと最初は思っていましたが、
僕がお世話になっているにいさん達が、

大阪や岡山から密を避けながら、
告別式まで出席される覚悟を持たれて
知覧まで足を運ばれている中で、

明久にいさんにお世話になった自分が
福岡に住んでいる中で、

通夜にも顔を出さないのは、
やっぱりなんか違うなと思いまして、

夜の22時から福岡を出て、
夜中の2時30分ぐらいに知覧に付いて、
明久にいさんに感謝を伝えてきました。

色んな事を教えてくださった
素晴らしい人格者でした。

なにより、鳥濱トメさんの意思を継いで、
戦時中のあの時を話す語り部さんとして、

全国の方々にゼロ戦に乗って旅だっていった
特攻隊さんたちの色んな思いや、

事実を伝え続けられた功績は、
国民栄誉賞をもらっても良いのではと
個人的に思うぐらいです。

僕が明久にいさんから聞いたお話の中で、
特に思い出として残っているのはサイコロの話。

今の若い子はサイコロを振ろうともしない。

仮にサイコロを振ったとしても6が出ないと
ダメだと思う子が多過ぎる。

サイコロの目が1でもいいじゃないか?
失敗出来る明日があるのだから、

明日は2が出る努力をしてみよう
3が出たら素直に喜んでみよう!

4が出たら人に喜びを伝えてみよう!
5が出たら人が喜ぶ事をしてあげよう!

大丈夫。今の日本は失敗できる明日がある。
だから今、目の前の出来事にに対して一生懸命
一生懸命生きていきなさい。

一生懸命生きる事しか僕たちは出来ない。

失敗が出来る明日を残す為に、未来に希望を託して
76年前に多くの若者たちがゼロ戦に乗って
旅立っていってくれたのだから・・・

英霊さんたちが言っています。
今の日本はいい国ですか?と・・・

明久にいさん、今の日本はいい国ですと言える様に
自分なりに精進をしていきたいと思います。

たくさんの財産を多くの方に残して頂きまして、
本当にありがとうございました。

日本人である僕たちは、
事実を知らないといけません。

まだ足を運ばれた事がない方は、
コロナが落ち着いたら知覧特攻平和会館
足を運んでみてください。

そして、明久にいさんの意思を受け継いで
次の語り部さんとして生きる決意をされた
鳥濱拳大さんが特攻隊の真実を伝えてくれます。
↓ ↓ ↓
特攻の母公式サイト