最後の介護を通じて・・・

こういう現実が2025年以降から
当たり前の時代になっていきます。

今から書く事はは2016年に書き残した
当時の僕の日記です。

~ 2016年になってから・・・ ~

末期がんから学ばせてもらった狭義の終末期

本当の幸せというのは、当たり前の日々が
毎日続いていることなんです。

特別なことが何も起きていないと言うのが
ものすごく特別だと感じるこの頃。

明日で在宅介護をはじめて
早いもので1年4か月になります。

別にここに書くことでもありませんが
なかなかご連絡を頂いても連絡することが
ほとんどできないので書かせてください。

今、僕は24時間体制で母の部屋にいます。

自分の仕事部屋に戻ることもなく、
自分のお布団に入ることもなく

母の寝ている部屋に横長の机と椅子と
掛け毛布をおいて生活をしてます。

もう一人の父も末期癌なのですが
まだ身体自体は動くので、

最低限の事だけやってもらいながら
心の中でごめんと思いつつも、
寝た切りの母を最優先しています。

今は、介護ベッドのギャッジアップも
自分の力では出来ないので

ずっと真っ直ぐ寝ている状態ですから
いつ突然嘔吐するかも分からないし、
いつ逆流するかも分からないので、

ずっとパソコンと向き合いながら
朝方まで様子を見ながら傍にいます。

もう自分の力で右・左と寝返りも
動けなくなってからは出来ません。

食事も、水もほとんど飲みません。
本当にかわいそうでなりません・・・

最初から最後まで母が僕に懇願した
癌の在宅介護をさせてもらうことで
毎日命と向き合っていますが、

家族の命と向き合うということは、
自分の命も燃やさないと心が折れそうになります。

燃やさないと言うか、すり減るというか
心身共に疲れるのも事実です。

だけど、本当にたくさんのことを
在宅介護を通じて学ばせてもらいました。

これまでに何1つ出来なかった人間が
ご飯や介護用品の買い出しにバタバタと出て
ご飯を作り、掃除、洗濯、薬の用意にはじまり、

1日6回ぐらいは尿と便のおむつ替え
洋服着せ替えなどをしているのですから(驚)

ただ仕事が思う様にほとんどできないので、
それが得意先に対して本当に申し訳ないです。

生活そのものは、親の年金だけでは
とてもじゃないですが無理ですから、

これまで培ってきた自分の貯金を
減らしながら生活をしないといけません。

僕自身はお風呂に1週間入れないのは
もう当たり前でして、朝から夜中まで
介護介護の毎日です。

でも、いつの日かどの家庭においても
僕がやっている事が当たり前の時代に
少しずつなりつつあります。

自分のご飯を食べる暇もないぐらい
毎日、右往左往しているので、

とうとう介護をする僕自身が
慢性疲労になりました。

ヘルパーさんにもお願い出来ない、
人見知りの母の願いは、

僕にやって欲しいという強い想いだけです。

でも、そこには僕が将来困らない為の
母の強い願いがあったのだと最近は思っています。

一人では無理と言われながらも、
なんとか、ここまで乗り越えてきました。

本当に命と向き合わないと分からないこと
在宅じゃないと気づけない事に感謝をしてます。

両親が二人とも末期がんになったからこそ

そして在宅介護を母から頼まれたからこそ

普通に過ごしていたら、全く気づけなかったこと、

全く知らなかったこと、

色々と思い返す度に、癌から学んだ知識や経験は、
36歳の僕にとっては計り知れません。

だからこそ、そういう風に改めて考え直すと、
それを自分の身体を通じて教えてくれた
両親には感謝しかありません。

やっぱり人は気づきを得たら
いつからでも変われるのです。

きっと介護をすることになったのは
僕の人生における天命だと思います。

やっぱり、色々とあるかもしれないけど、
当たり前の日々こそが、

本当の意味においては、
1番愛しいのではないでしょうか?

普通で十分。我や虚勢を張らずに
尾の事を素直に受け止めて、

自分の与えられた人生を対して
感謝をしながら生きれば、

人は成長していくのだから・・・

単に難を時間だけで乗り越えた事以上に、
自分の中でどう乗り越えようとしたのか?

このプロセスから得る事の方が
人間は成長するのだと思います。

目を反らさずに現実と向き合いながら
いつも当たり前に続く日々こそが、

奇跡の連続なんだなと思う心が
自分を育てていくと思います。

幸せを求めなくてもいいと思いますし
幸せを追いかけなくてもいいと思います。

なぜなら、幸せは気付くことだから
当たり前が幸せだと感じることだから

自分を取り巻く大切な人たちが元気だから
僕たちは自分の為に時間を使うことが出来ます

悩みも、葛藤も、挫折も、夢を見ることも・・・

だから周りが元気でいてくれるから
自分が自分でいれるという有り難さに気づけます。

これまでの様に、当たり前として
外に出れなくなって尚更そう思います。

消えるかもしれない命と向き合うって
本当に半端な覚悟では出来ない。

だけど、この経験から得ることができるのも
本当に半端ないぐらい多いです。

僕自身がもう一皮ぐらい向けた時に、
お世話になった方には1つずつ恩を返しに
必ず伺います。

両親がほぼ同時に末期がんとなり、
在宅介護をほぼ一人でしてきた人間も、
なかなかいないと思うので、

この経験をこれから益々増えていく
在宅介護の未来の為にも、

自分の経験を同じ経験をする方へ
そして、次世代の子たちへ伝えていけたらと
今は思っております。

いつもたくさんのお気遣いと優しさ頂き、
とっても感謝しています。言葉では伝えれません。

だけど、本当にありがとうございます。

一人と独りを履き違わずに、
なんとかここまで来れました。

僕は諦めることを諦めているので、
自分の人生をかけて、

最後の最後まで両親の命と、
向き合っていこうと思います。

なかなか、今までの様に皆さんと
お会いすることが出来ませんが

慢性疲労ながらで何とかやっています(笑)

長くなりましたがありがとうございます。
また、皆さんに逢えます様に・・・

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