本にも書かせて頂いた通り、青天の霹靂の様に
突然の訪れた在宅介護・・・

目を背けたい確かな現実がそこにありました。

今まで家族みんなで食卓を囲んでいた場所が
次の日から介護ベットがある場所に変わるので

今振り返ってみると僕はどこかで現実逃避をしていた
自分がいた気がします。

ただ人生の恩人たちから教えてもらった事を
色々と思い出しながら自分の中でこれまで
たくさんの愛情をもらった親の為に・・・と
覚悟が決まった時に

ここまで家族と真摯に向き合った事って
今までにあったのだろうかと思ってきたんです。

もちろん、介護で大変ではあるのですが
親の昔話に傾聴の心で耳を傾けて1秒1秒を
愛しいと思いながらお互いが笑い合える命の時間。

僕は介護を通じて自分の人生に起こる出来事は
自分で意味付けしていける強さをもらえた気がします。

つまり、何が言いたいのかというと・・・

何かが起きる前に・・準備をする事は大事なのですが
何かが起きて当たり前。大切なのは時間だけに頼って
乗り切ろうとするのではなく、

自分がどう乗り越えようとするのか?
ここに大きな意味と成長があるんですね。

だからこそ、今も父の介護をさせてもらっていますが
大変だけど本当に良かったと思っています。

なぜなら普通に当たり前の日々が続いていく事こそが
特別な日が連続して起こっていると感謝出来る心を
僕はいつも得る事が出来ているからです。

本当、介護が始まるとちょっとだけ外に出る事すらも
家族の身体の状態などをしっかり確認したり、
何より時間との戦いです。

ほんの数キロ先に行くだけの事がですよ?(汗)

運送屋さんに迷惑をかけない様に張り紙して家を出たり
戸締りはもちろんのこと、ガスや火のチェックなどなど
毎日がバタバタします。

そんな毎日ですらも幸せだと思えるかどうかは
目の前にある毎日に自分がどんな意味を付けるかです。

せっかく、たくさんの命を繋いでもらって
今生かされているのであれば毎日が愛しくて
毎日が幸せだといられる様に

その一瞬一瞬の積み重ねを少しでも自分から
愛してあげた方がいいと思いませんか?

僕は介護のお陰で、どんなに仕事が忙しくても
あの時の自分と比べたら全然大丈夫と言える
そんな丈夫な心を親からもらえたと思っています。

基本的に僕たちは自分事にしか関心がない

例えば明日恋人とデートだから晴れであります様に・・・
明日仕事に行きたくないから大雨になればいいのに・・・
この様に自分の都合で世の中を見ています。

本当は世界中の人が幸せであります様にという
心を持っているとしてもです。

だけど生きる事自体が難しく感じ方が多くて
誰もが幸せであります様にと思えない時の方が
現実問題としては多いと思います。

ただですね、ここでも心の持ち方がやっぱり大切でして
物事1つ、天候1つ、交通1つ、健康1つ
全てにおいて何かしらの意味が誰にとってもあるものです。

子供たちであれば外で元気に遊ぶ為にも
ずっと晴れでいて欲しいなと思うものですが、

農家さんや水道局で働く人にとっては
ずっと晴れであっては困ります。

そう考えると自分事だけに関心を抱くのと同じ様に
相手の事も同じ様に関心を抱く事で調和を目指す事が
僕たちが生きる社会においては1番大切な事かもしれません。